返事はしろよ!!!!

 

これは夏合宿部会の前の出来事。。。

 

前の記事に書いたように、私はこれが最後のバンドだと思い小暮先輩にLINEを送ってみた。

 

もう消えてしまったのでなんと送ったか正確なことは覚えていないが最初は最近軽音に顔を出していなかったため「お久しぶりです」的なことから始まったと思う。

 

最初は軽快な返事をくれていて、私が思い切って次のバンドのギターをもしできたらお願いしたいと言った時も(何回も言ってるけどホントは前組みダメだよ、でもこうするしかなかったから)もし余裕だったら引き受けると言ってくれた。

 

そしてさらに私は思い切ってどうせ最後ならと思い、ピックが欲しいとねだった。

すると返事がしばらく来なかった。来た返事は「ごめん、それはできない」だった。私も承諾してくれる自信があって言ってみたわけではなかったので残念ではあったけどしょうがないと諦めた。

 

次に私がどうしたかというと、「2人で会ってみたい」みたいなことを言ったのだ。ここまでストレートに言ったつもりはないが。

 

すると。未読のまま小暮先輩から返事が来ることはなかった。

 

しばらくするとそっと既読がつかれていたがその後も返事はなかった。

 

…いやいやちょっと待ってください先輩。

 

嫌なら嫌で断りの返事しろよ!!!!

 

こっちも踏ん切りがつかない。

 

当然私は夏合宿部会当日に先輩に音源を渡し頼んだ。だって返事してこないなんてそんな仕打ちあるかよ。

でも先輩はバンドを組むことすら拒否った。

 

これが最後か~~と思うと残念でしょうがなかったけど、お世話になった大宮先輩や1番一緒にバンドを組んでくれたキーボの先輩、お世話になった同期とは組めた。私の中で小暮先輩の予定だったギターは1年生男子2人に引き受けてもらうことになった。

 

これで最後なんだから頑張らなきゃ。

今思うとこう思ったのがすでに間違っていたかもしれない。

この時の私は1ヶ月後何が待ち受けているかも知らずにそんな決心をしていた。

P会…いいわ~~~~

 

文化祭の部会にも顔を出さず、本番にも顔を出さなかった私。

今思い返すとこの時にもう辞めるべきだったと思う。

 

でもとりあえず私は、P会の新人演奏会に出演に向けて久々にピアノをまともに練習した。

 

2014年6月15日。この日が私にとってP会の初舞台となった。

久々のロングドレスに久々の人前での演奏。当然緊張していた。

 

でも当時の3年生の演奏部長(のちのちP会の中の部について説明すると思うがとりあえず幹部のポジション)が声をかけてくれたり他の幹部の先輩が声をかけてくれたり、とにかく緊張をほぐすようなエールを送ってくれた。

 

また、この新人演奏会は私のように途中入会の人は2年生もいたが、ほとんどは当たり前だが1年生だった。なので楽屋も緊張したがみんないい子ばかりで私が2年生だと分かると先輩と同じように接してくれた。

 

私の出番は1部の3番目。かなり出番が早い笑

 

そして本番。

1番前の席に副幹事長が座っていたのでかなり焦った。

 

なんで1番前にいるんだよ!!!!

 

椅子に座り弾き始めた時早速問題発生。

 

音出ねえ!!弾きづれえ!!!!

 

曲はスクリャービンの短い練習曲で、以前発表会で弾いたのだがすごく私好みの曲だった。

もう弾きづらすぎて自分でも音が聞き取りづらく、ずっともやもやした状態で弾いていた。

 

でもP会の魅力は、演奏が終わったあと必ず「お疲れ様」と声をかけてくれることだった。この時も何人かが声をかけてくれて、できがどうであれ批判などすることなくただただ温かい言葉をかけてくれた。

 

この日私は大好きなViViDのサイン会があったため出番が終わったあと早々に会場を後にしたのだがすっきりした気持ちだった。

 

6月22日にはP会の女子会が行われ、そこで先輩や同期と仲良くすることができた。

 

P会という環境は私にとってどんどん居心地がいいものになり、軽音を辞めようという決心がついた。

軽音の夏合宿を終えたら辞めようと決めた私は、夏合宿部会の少し前、最後だと思い憧れの小暮先輩にLINEを送ったのであった。

地獄の新歓合宿

 

2014年5月3日~5日。

 

軽音で2泊3日の新歓合宿があった。P会もこの時に新歓合宿だったので残念ながら行けなかったが、今でもP会のに行けばよかったと思うくらい軽音は私にとって地獄のような新歓合宿だった。

 

以前の記事でも言っていたように私は今回supercellのボーカルを勤めたのだが、自分で思った以上に声が高く地声で歌うのがきつかった。そのため練習から苦しんでいた。

 

そんな中初日の夜、なんでかは思い出せないが当時3年女子の先輩の部屋に遊びに行っていた。

 

最初は何人かいたのだが途中で私、まーちゃんさん、もう一人の先輩(ぱいちゃん先輩)の3人になったのだが……

 

突然まーちゃんさんが泣き出したのだ。

 

まーちゃんさんは新入生が持ち込んできたバンドを組んでおらず、その代わりに自分で組みたいバンド、aikoを組んでいた。新歓合宿では2年以降の在会員がバンドを持ち込むということは異例だったし以前の記事でも言ったが、私は不公平だと思っていた。恐らくそう思っていたのは私だけではないはずだ。

 

そして何よりそれを1番感じていたのはまーちゃんさんだったんだろう。3年もいれば私以上にこのサークルの厳しさは分かっているはずだ。練習でもバンドを組んでいるメンバーの空気が微妙だったらしく、まーちゃんさんは相当苦しんでいたようだった。

 

ぱいちゃん先輩はギター担当で、すごく温厚な先輩で軽音で数少ない私の好きな先輩の中の1人だった。だから多分まーちゃんさんはその人には自分の正直な思いを吐き出せたのかもしれない。

 

でもみんなよく考えてほしい。

 

なぜサークルで涙を流すほど悩まなきゃいけないことがあるのだろうか??

 

私はやはりここのサークルは闇が深い、そう思った。

 

そして2日目、本番当日。

結果はボロボロだった。しかも2日目はバンドを聞きに4年生が遊びに来る。4年生にこんな姿を見られたくなかった。幸い憧れの小暮先輩は後から来たので聞かれずに済んだが……

 

そして大トリは1年生のさきちゃん、東京事変椎名林檎の歌声にすごくマッチしていた。1年生なのに大トリを勤められるのは当然だろうと言わんばかりの実力だった。予想以上だった。

 

私はさきちゃんを見ながら泣きそうになっていた。こんな後輩の前で自分は先輩として歌わなきゃいけないのか……そう思うと憂鬱でしかなかった。

 

……新歓合宿終了翌日、文化祭の部会に私の姿はなかった。

そしてこのストレスは数ヶ月後予想もしなかった形であらわになるのであった……。

私が本当にやりたいことは

 

2014年4月27日。

 

私は某私立大学の学生会館に、新歓コンサートを見に来ていた。

何のサークルの新歓コンサートかというと、ずばり「ピアノの会」である。

 

およそ1ヶ月近く前、私はピアノの会略してP会のブース見学に行った。

 

そこで待っていたのはのちの同期になる女子3人。その3人が丁寧に説明してくれ、この日に新歓コンサートがあることを知り、さっそく見学に来たのだ。

 

なぜ私がP会に見学に来たかというと、2年生になる前、私が本当にやりたいものは何かふと考えた時、やっぱりピアノを続けたいと思ったのだ。6歳からピアノを始めて大学受験のために習っていたピアノを中断していた。先生にまた習うこともできなくはなかったけれど家を出てきてしまった今先生の家は簡単に行ける距離ではない。そこでどこかの大学にピアノのサークルがあるのではないかと思い、私の大学にはなかったため探した。そこで1発目に出てきたのが今後お世話になることになるP会だった。

 

この時は兼サーのつもりで入ろうか悩んでいたので私に兼サーなんてできるのか不安だった。でもP会は軽音と違って自由にいつでも演奏会やイベントに参加してよかったし、なにより温かい雰囲気があった。

 

メインのコンサートでは、最初に説明してくれた3人のうちの1人のあみが演奏していた。ショパンを弾いていたのだが、私の好みの演奏で聞き惚れてしまった。

 

よし!入ろう!!

 

コンサートが終わったあとは決意が固まっていて、ひとつ上の34代の会計先輩に申し入れ、私はP会35代の一員になったのであった。

最強の後輩、現る。

 

2014年4月13日。

 

この日は軽音で新歓合宿の部会があった。

そう、もう自分が入会してから1年経ったのだ。早いものだ。

 

今年の新入生はほとんど経験者ばかりの強者だった。その中でも注目されていたのは、私と同じ大学に入学してきたボーカリストだった。

なんと彼女は高校生の時、全国の軽音大会で優勝している子だった。

 

私はますます劣等感でいっぱいの気持ちだった。

 

新歓合宿の部会は当然1年生希望のバンドが組まれる。

 

私はこの時の部長に言われたことがずっと気になっていた。「このままだとバンドに誘ってもらえない」という言葉がずっと頭の中でこだましていた。

 

果たして私は誘われるのだろうか……

 

そんな時、ベース志望の数少ない初心者の女子がsupercellを組もうとしていて、そのボーカルに私が選ばれたのだ。

 

supercellは高いので自信はなかったが、声をかけてくれたことが嬉しかった。

 

今回の1年生は男性ボーカルのバンドを希望する子が多く、私の同期のボーカル、ゆりと1つ上の先輩ボーカル、まーちゃんさんは残念ながら選ばれることがなかった。

 

これが軽音の厳しい現実だった。

 

しかし………

 

なんとその二人は自分達でバンドを組むことになったのだ。

 

正直、私は不公平だなと思ってしまった。今までそんなことしたことなかったくせになんで??先輩がバンド組めないとメンツが立たないとかそういうことなのか?????

 

そして最強の後輩ボーカリスト、さきちゃんは椎名林檎というこれまたレベルの高いバンドを持ち込んできた。

 

……今年の新歓合宿は何か嫌な予感がする。

私はそんな気がした。でも認めたくなくて目の前のことをただ頑張ろうと思っていた……。 

休憩①

 

ここまでが大学1年生のお話でした。

 

次からは2年生のお話になります。どんな2年生かというと、私的に1年生より色々ハードだったと思います笑

もちろん楽しいことも1年生以上にたくさんあったし苦労したこともあったしとにかく盛りだくさんです。

 

先月は100人以上の方が私のブログを見てくれていて、正直人数とかは全く気にしていないんですけどこんなただの普通の奴のなんでもないブログに目を通してくれるというのはなんだか恥ずかしくもあり、でもやっぱり嬉しいという気持ちの方が大きかったです。ありがとうございます。

 

多分この先も特別面白いことは言いませんが私のブログを読んでなんとな~く心に響くものがあったり共感してくれるものがあったら幸いです。

 

もし今までのブログの中で何か疑問に思ったことなどあれば遠慮なく質問してください。

 

次回からもよろしくお願いいたします!

努力が報われた瞬間!?!?

2014年3月30日。

 

1年はフル単!と思いきやまさかの第二外国語のスぺ語を落とした私はこの日、軽音新歓のイベントだった。

 

某国立大学は入学式前に土日を使ってどのサークルも新歓イベントを開催している。

私のサークルはもちろんバンド演奏だ。ただし通常と違って、幹部が年間でよかったバンドを選出し、メンバーも決められていた。私はELTだった。自分でもそうかなと思っていたので予想通りだった。

 

本番当日は雨で全体的に新入生もあまりおらず、私のバンドはトップバッターだったのでまあ人はいなかった。が、以前ELTをやった時に散々ダメ出ししてきた先輩(この時は院生)が見学に来た。

 

ダメ出しはきつかったけれど実際すごい先輩ではあるので新入生に見られるよりも緊張した。でも私の中で、この日はなぜか調子よく歌えた。

 

そして終わったあと、その先輩が、

 

「うまくなったじゃん」

 

あんまりにも不意打ちすぎたのでありがとうございますとか言えずにえっと返してしまった…でもこの時は本当に嬉しかったし頑張ってきてよかったなと心から思っていた。

 

そのあとのコンパでもほたて(いくつか前に登場しています)に「あれはみんなに見てほしいライブだった」とまで言ってくれて本当に嬉しかった。

 

でもこの幸せな時はあっという間に終わってしまい、この後軽音で待っていたものは最悪な出来事だった…。